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Rouge et noir - Final -



「榊山さんが行方不明になって三日、神社の境内でも彼女の物と思われる血痕が見つかっています。
 私どもの女性隊員二人も一緒に行方が分からなくなっていますから、ほぼ間違いなく榊山さんは『S.S.B』に誘拐されたと…」
あやめが行方不明になり、落ち込んでいる真琴をスカウト男はここぞとばかりに追い込む。
「…あやめ先輩……」
「我々と協力して、榊山さんを救出しませんか?」
「僕があやめ先輩を助ける…」
「そうです! 組織に対抗できるのは組織だけなんです。もしかして、春日さんは本気で榊山さんを助け出したいと思っていらっしゃらないとか…」
「そんなことない!! 絶対に僕があやめ先輩を救い出すよ!!」
スカウト男の眼鏡の奥の眼が輝く。
「だったら、我々に協力して頂けますよね。それしか方法はないでしょう」
「けど…あやめ先輩は、えっくすにもえすにも協力しちゃダメだって… メガネの男は一番信用しちゃいけないって…」
「な、なんですと!! 酷い…酷すぎる…私がどれだけ榊山さんのことを心配しているか… あぁ…こんなことをしてる間にも」
「エッ! 間にもなんですか…」
「榊山さんは悪事に手を染めて、引き戻せない状況に…」
「そ、それってあやめ先輩が犯罪者になるってこと!」
「ええ、そうです。犯罪者になっちゃうんですよ。それでもいいんですか」
「それは困るよ!! けど、シルヴィーさんは悪い人には見えなかった。立派な武士だったけど…  どっちかって言うとやっぱり…」
チラリとスカウト男を見やる真琴。
「ホントはおじさんがあやめ先輩をどこかに…」
「なっ!! なんてことを仰る!! 私がこんなに榊山さんのことを心配しているのに」
「真琴、その男の言うこと、信じちゃダメだよ」
「「エッ!?」」
向き合って話をしていた真琴とスカウト男が声がした道場の門扉を見やった。
「あ、あやめ先輩!!」
「榊山さん……どうして…」
「どうして? まるでわたしが帰って来ると不味いような言い方ですね」
腕にしがみついてきた真琴を引き摺るように歩いてくるあやめをスカウト男は怪訝そうな顔でみつめる。
「榊山さん、三日もどちらに?」
「あなたの質問に答える必要がありますか?」
冷たい眼でスカウト男を見やるあやめ。
「出来れば答えて頂きたい。あなたの護衛に就いていた私どもの隊員も行方不明でして、もしかしたらご一緒させて頂いていたのではと」
「答えなければ、わたしを捕まえ… フッ…どちらにしてもわたしを捕まえたいようですね」
黒スーツの男たちが特殊警棒を構え、あやめと真琴を囲む。
「何だ何だお前たち! 僕たちをどうするつもりだ!!」
甘えた顔であやめに擦り寄っていた真琴が真剣な顔であやめと背中合わせになるとファイティングポーズで構えていた。
「榊山さん、少し雰囲気が変わった気がしますが、私の気のせい…でしょうか?」
男の顔から作り笑顔が消え、ヘビのような冷たい目があやめを睨む。
「気のせいじゃないですか」
「そうでしょうか…いまの榊山さんからは危険な香りがしてきます」
「不愉快な人ね…あなたたちより、シルヴィーさ…んの方が信用できますよ」
「ほほぉ、これは心外な… やはり、あなたにはいろいろお聞きしないといけないことがあるようですね」
思わずシルヴィー様と言いかけたあやめをスカウト男は見逃さなかった。
「『X-fix』に話すことなどありません。真琴、この人たちは悪い人、わたしたちの敵よ。真琴はこれを使いなさい」
持っていた刀を真琴に渡すとあやめの顔に黒い模様が描かれた。
「あ、あやめ先輩… こ、これ、もしかして本物の刀?」
鞘から放たれた刀身の輝きに恐怖と興味を抱いた真琴の声がうわずる。
「勿論よ。偽物じゃあ、悪人を成敗できないでしょう」
話をしているあやめの黒い右手が刃に変化し、スルスル伸びると一本の薙刀へと姿を変えた。
「やはりそうでしたか。榊山さん、あなた『S.S.B』に改造されましたね」
スカウト男は眼鏡を外し、隠し持っていた鎖鎌を取り出していた。
「えっ! あやめ先輩が改造されてる?」
背中合わせで立っていた真琴が慌てて振り返りあやめの姿を見やる。
「そうよ。わたしはシルヴィー様の剣、ノワールに生まれ変わったのよ」
あやめが着ていた白の胴衣と袴がずり落ち、黒い虹色に輝く肢体が露になった。
「あ、あやめ…先輩………カッコいい……でも…恥ずかしい…」
頬を紅く染め、瞳をキラキラさせてノワールの姿をみつめる真琴。
「シルヴィー様は真琴も剣にしたいと仰られているのよ」
「えっ!? それって僕もあやめ先輩と同じ姿になるってこと…」
憧れと恥ずかしさに真琴が困惑の色を見せる。
「春日さん、騙されてはいけません! 榊山さんは洗脳されて無理やり『S.S.B』にされているのですよ!!
 榊山さんはどちらにも手を貸すなと言っていたのでしょう」
「う、うん… あやめ先輩はなにがあっても協力しちゃダメだって…」
「違うわ真琴、わたしが間違っていたのよ。『S.S.B』は素晴らしい組織だったのよ」
真琴が戸惑っている隙にスカウト男はあやめの死角から黒スーツの男たちを接近させていた。
「ねっ真琴、こいつらは人の背後から襲ってくるような虫けらなのよ!!」
振り向き様、黒い薙刀で二人の男の首を薙ぎ落としたあやめ。その顔は殺戮の愉快さを楽しみ微笑んでいる。
「えっ、えぇぇ!! あわあわ…あやめ…あやめ先輩、首、首が…あの人たちの首が!」
「大丈夫よ真琴、あれはゴキブリみたいな物だから問題ないのよ」
「そ、そ、そんなことないよ…人だよ、殺人だよ」
「『S.S.B』はそれが許される組織なの。ほら、真琴もやってみなさい、気持ちいいから…」
クルクルと頭の上で薙刀を回転させたあやめが男たちに切りかかる。
「外の部隊を呼びなさい! なんとしても取り押さえるのです!!」
瞬く間に半数以上の隊員を切り伏せられたスカウト男は門扉の近くにいた隊員に外の部隊への伝達を指示するが
その男も足元から崩れ落ち、彼が立っていた場所に見覚えのある二つの顔が並んで立っていた。
「き、キミたちは!!」
全身に返り血を浴び、血塗られたナイフを持って佇んでいるクィンスに蘇生された『X-fix』の女性隊員。
「ちゃんと全員始末した?  ついでだから、そこのゴキブリもお願いできるかしら?」
コクリと頷いた二人はあやめが向き合っていた隊員に向かって走り出すとそのまま体当たりしてナイフを突き立てた。
「彼女たちも『S.S.B』に洗脳されているようですね」
「フフ… あの二人に殺されるなんて大した事ないのね『X-fix』って。彼女たち、改造するだけ無駄って言われたのよ。
 だからわたしが処分してあげたのに、物好きな人が二人を蘇生させて結局改造したみたい。二人の体に洗脳ガスを詰め込んで『X-fix』に帰すんだって…」
「洗脳ガス…これは恐ろしい計画を聞いてしまいました。是が非でも防がないと大変なことになりますね」
鎖鎌を振り回しているスカウト男との間合いを計りながら近づくあやめ。
スカウト男は呆然と佇んだまま動かない真琴を楯にしようとゆっくりと近づく。
「卑劣なゴミ…真琴を楯にするつもりね」
「楯にするだなんて人聞きの悪い…『S.S.B』に狙われている少女を保護するのも我々の務めですから」
スカウト男は真琴の腕を掴むと鎌の刃を真琴の首に当てた。
「さぁ春日さん、私と『X-fix』に戻りましょう。我々が全力であなたを護りますから。榊山さんは大人しくして下さいよ。私は汚れることが嫌いでして…」
「真琴、これで判ったでしょう。わたしとそのゴミ、どっちを信用したらいいか。シルヴィー様はそんな卑劣なことはしない。真琴なら判るよね」
「う、うん…でも…ダメだよ…人殺しはダメだよ…あやめ先輩」
「そうです、殺人はいけません。我々『X-fix』は人を殺したりはしません。それに春日さん…」
スカウト男が真琴の耳元で囁く。
「あんな醜いバケモノにされた榊山さんを助けたくないんですか。『X-fix』なら榊山さんを元の姿に戻すことができます。
 榊山さんにこれ以上、人殺しをさせたくないでしょう。私に協力して下さい。ここで起きたことを無かったことにも出来ますよ」
「真琴、わたしが醜い怪人に見える? 刃を突きつけて話をするゴミの言葉を信じるの?」
「惑わされてはいけません。あなたも榊山さんと同じように平気で人を殺すバケモノにされていいんですか!! さぁ、剣を構えなさい」
「あやめ先輩はバケモノじゃないよ…カッコいいよ……でも人殺しはヤダ…絶対ヤダ…」
両手で柄を握り直した真琴が小さく震える切っ先をあやめに向けた。
「そっか…真琴は勝負がしたいって、わたしに勝ちたいって言ってたよね…」
自分に刃を向けた真琴を冷たく見据えるあやめ。
「真琴がその気なら……殺すよ!!」
「ど、どうして…あやめ先輩と僕がこんなことを…」
「いまさら何を言ってるの! 真琴がわたしの言葉を無視して、その男を信じたからでしょう!!」
本気で自分に討ちこんで来るあやめの攻撃を渾身の力を振り絞って抵抗する真琴。
「そ、そうだけど…」
「素直にわたしの言うことを聞けば、真琴を殺さずに済んだのに!!」
「だ、だって、あやめ先輩 人、殺しちゃったんだよ…」
(ほほぅ… 報告どおりいい太刀筋です。あれを手に入れるためなら、このくらいの被害は致し方ありませんね。
 春日真琴はいいとして、問題は榊山あやめがどこまで改造されているのか… 何にせよ、捕獲しないと話しになりません)
スカウト男は真琴と刃を交えているあやめの背中目掛け得物の鎌を投げた。
「危ない!!  グフッ…」
真琴をかばうように背中で鎌を受け止めるとその場に膝をついた。
「あやめ先輩? エッ、あやめ先輩!!」
あやめの背中に深々と刺さっている鎌が目に入った真琴の頬を涙が伝う。
「どうして…避けなかったの…どうして……僕を…」
「だって…真琴は大切な……ウグゥ…」
「あやめ先輩!!」
「大丈夫ですよ。急所は外れています。クックック…」
スカウト男はあやめの髪の毛を掴み、強引に立たせると刺さっている鎌をグリグリと捻じ込む。
「グハッ…」
「イアァァァァ… 止めて、あやめ先輩が死んじゃう!!」
「…さっさと…殺せ…」
「イヤです。尋問して『S.S.B』の情報を聞き出してから、記憶を戻す『逆洗脳』を施して差し上げます」
残忍に微笑みあやめを投げ棄てると懐の麻酔銃を取り出して、元『X-fix』女性隊員に向けて発射した。
「お前たちは体を調べてから処分しないと、洗脳ガスの話が本当なら大変なことになりますからね」
「乱暴にしないでよ! あやめ先輩、あやめ先輩!! ねぇ『逆洗脳』って何、あやめ先輩をどうするのよ!」
「心配しなくても大丈夫です。我々の医療施設で『S.S.B』に改造された記憶を元に戻す処置です。
 多少、手を加えさせて頂きますがね。それと春日さん、いろいろ知り過ぎたあなたにも簡単な記憶操作を施させて頂きますよ」
冷たい笑みを浮かべ麻酔銃を真琴に向けるスカウト男。
だが、銃口を向けられた真琴の手はスカウト男が引き金を引くより早く動いていた。
「イヤっ! もうイヤだぁぁ!!」
「イタタ…なにするんですか…春日さん……痛いですよ…」
真琴の刃はスカウト男の左胸に刺さっていたが、致命傷には達していなかった。
「エッ…あっ…ちがう…どうしよう…どうしよう…僕…僕…人刺しちゃった…」
「やれば出来るじゃない、真琴」
「あ、あやめ先輩! よかった…ケガ、大丈夫?  どうしよう、僕、人刺しちゃった」
「ダメよ、ちゃんと止めを刺さないと」
「エッ? あやめ先輩?」
あやめの黒い手が真琴の手に添えられ、一気に男の胸を貫く。
「ゲフッ……まだ動けたのですか…」
「フフフ…こんな物、痛くも痒くもないわ」
あやめが指でつまんでいる鎌は刃が砕け散り柄だけになっていた。
「し、芝居…だったと…ゴホフッ……」
スカウト男の口から溢れ出た血が真琴の顔を紅く染める。
「ヒィィィィ  イヤ…だめ…死んじゃダメだって!!」
「真琴、伝わってくるでしょう。ゴキブリの止まりそうな鼓動… とっても気持ちいいでしょう」
「ダメぇ! 死んじゃダメぇ!!」
男の体はゆっくりと仰向けに倒れピクリともしなくなった。
「死んじゃった…この人死んじゃった…僕…僕…人を殺しちゃった…人を…人を…僕が…人を…」
持っていた刀を投げ捨て両手で顔を覆う真琴は目を見開きパニックに陥っていた。
「大丈夫、大丈夫だよ真琴…」
優しく真琴を抱きしめるあやめの顔は満足感で満たされていた。




あやめが生まれ変わった人の形に窪んだ改造台の上に真琴が寝かされている。
「僕…人を…人を…」
「真琴が殺したのゴキブリだよ。だから気にしなくていいんだよ 真琴」
「…あやめ…先輩……僕が……のは…ゴキブリ…」
「そうだよ真琴、真琴は褒められることをしたんだよ。だからシルヴィー様がご褒美をくださるって」
「シルヴィー…さん……ごほうび…」
「これからもずっと一緒だよ、真琴。 何も考えなくていいから、わたしを信じて真琴は眠っていればいいから」
「あやめ…せん…ぱ…を……しん…じ…」
口元に取り付けられた酸素マスクで鎮静剤を吸引していた真琴の意識は途絶えた。
「人を刺したくらいでパニックになっちゃってみっともないヤツぅ~」
「クィンス様 まもなく肉体強化が完了します」
「は~ぃ、それじゃあシルヴィーさまぁ、こいつに『Rouge』を着せちゃいますよぉ~」
全くやる気の無い顔でクィンスがシルヴィーを見る。
「いまの状態で大丈夫なのか、クィンス」
「パニックさえなくなれば、たぶんですけどぉ、だいじょーぶですよぉ」
「クィンス!!…様、真琴にもしものことがあれば、わたしは!」
クィンスの肩を掴んだあやめの右手が鋭利な刃物に変わる。
「ノワール、止めろ。クィンスも、真面目にしろ」
「クィンス!!…様、申し訳ございませんでした! 真琴をよろしくお願いします!!」
「まかせなさぃよぉ、ぬぉわぁぁるちゃん!!」
激しく睨み合ったまま言葉をかわす二人。
(あっ…いいこと思いついちゃったぁ…)
「クィンス様 肉体強化完了致しました」
「はいは~い。『Rouge』を着せる前に、すこ~しだけ意識操作をやっちゃいますよぉ。お前とあなた、ちゃちゃっと準備してくださぁ~い」
ニヤニヤしながら専用の携帯端末を取り出したクィンスが椅子に座ったまま背中を丸くして、恐ろしい速さでデータの入力をはじめた。
(もっと早く気付くべきでしたぁ。るぅじゅちゃんを従順なペットにしておけば、いざと言うとき反抗的なぬぉわぁるを…)
「できたぁ~ それっじゃあ、るぅじゅちゃんの意識操作やっちゃいまぁすぅ」
椅子から飛び降りて改造台に駆け寄ったクィンスが真琴の頭にセットされた装置に持っていた端末を繋げキーを押す。
「クィンスちゃん特製、心のお薬ですよぉ~これで気分スッキリ頭スッキリで~すぅ」
急にテンションが高くなったクィンスをあやめは疑いの眼差しでみつめる。
「むふふふ…だぃじょぉうぶですよぉ、ぬぉわぁるちゃん。ちゃぁぁぁんと、るぅじゅちゃんに『Rouge』を着せちゃいますからぁ」
意識を失っても眉間にシワをよせていた真琴の顔に微かな微笑が浮かぶ。
「うんうんう~ん これでよぉ~し!!」
椅子に駆け戻ったクィンスが真剣な目で真琴のステータス情報を確認する。
「うん、うんうん はぁ~い、シルヴィーさまぁ、るぅじゅちゃんの準備できましたよぉ~」
ご機嫌すぎるクィンスの様子から彼女が何か企んでいることをシルヴィーは察知したが、そのことには触れずに小さく頷いた。
「はぁ~い それじゃあ『Rouge』の注入始めちゃいまぁ~す」
真琴が寝かされている窪みに紅い偏光ゲルが注ぎ込まれる。窪みがゲルで満たされ、しばらくすると人の形が形成された。
「クィンス様 『Rouge』と素体の融合、完了致しました」
「はぁ~い シルヴィーさまぁ、るぅじゅちゃん成功でぇ~す。ゲルの調整はじめますねぇ」
紅く染まった真琴の体にケーブルや装置が繋がれ、モニターに表示される数値を目で追うクィンス。
「うんうん。スペックはノワールとほとんど同じですぅ。ゲルの硬化、軟化のテストも問題なしですぅ
 制御ユニットは…正常に動作、同調完了っと。メンテナンスプログラムすたぁとぉ~」
あやめの時とは別人のようにテキパキと作業を進めるクィンス。
真琴の紅い体が所々色が抜けて半透明になってゆく。
あやめと同じように顔の一部と右腕全て、胸と局部だけに深紅が残り、それ以外は紅い半透明で肌の上で虹色に輝いている。
そして、真琴の左腕にも『S.S.B』の一員となった証のタトゥーが浮かびあがっていた。
「うぅ…うぅ~ん………ここどこ…」
「おぉ~! 目が覚めましたね、るぅじゅちゃん」
「真琴!!」
「あっ…あやめ先輩だ……ここどこですか…ボクはどうして………で、あんた誰?」
自分と目が合った真琴がボソリと呟いた言葉にクィンスの全身が凍りつく。
(あんた誰?…いまそう言いましたよね………どうしてですかぁ!!)
椅子に駆け戻ったクィンスが再び携帯端末を取り出して真琴の意識操作に使ったデータを見直しはじめた。
「生まれ変わった気分はどうだ春日真琴。いや、我が剣『ルージュ』」
「あっ…シルヴィーさん………へ?…生まれ変わった?…ルージュ?…なにそれ…」
「真琴も『S.S.B』の一員として、シルヴィー様の下で働くことになったのよ」
「へ?…だって…あやめ先輩…妙な連中とはあへ?……な…に……はひ……あひ…ほへ…」
真琴の局部から頭に向かって虹色に輝く紅い波が押し寄せ、波が頭に到達するたびに真琴の体は震え声を上げた。
「ボクは…ルージュ……『S.S.B』に従う……シルヴィーさまに従う……に従う…」
「気分はどうだ? ルージュ」
「はい… とってもいい気持ちです…シルヴィー…様」
「ルージュ、わたしが分かる?」
「もちろん……これからも一緒です…ノワール………あれ…思うように体が動かない…」
「まだ調整が終わってませんから動けませんよぉ」
ニコニコしながルージュの顔を覗き込むクィンス。
「あっ……クィンス………ちゃん……」
(冷静に考えれば、さっきはまだ意識が『S.S.B』に覚醒してなかったじゃないですかぁ)
「ルージュ、この人はシルヴィー様の副官、クィンス…様。 クィンス…様と呼ばないとダメよ」
「あぁ、るぅじゅちゃんはそう呼ばなくていいですよぉ~ だって仲良くなれる気がしますからぁ」
「ルージュ、『S.S.B』の一員として働けるか?」
「はい、勿論です。シルヴィー様、ボクはシルヴィー様の剣『ルージュ』です」
シルヴィーを見上げて嬉しそうに答える真琴。
「期待しているぞ。クィンス、ルージュの調整は任せる。 ノワール、一緒に来い」
「はい、シルヴィー様」
「はぁ~い シルヴィーさまぁ~」


数日後、或徒たちは敵となった二人と再会することになった。



戦闘員青02



リンクして頂いております「Kiss in the dark」の管理人g-than様から
本作品のイメージイラストを頂きました。g-than様、SSのイメージを膨らませる
素敵なイラストありがとうございました。

Rouge et noir - 4 -



端末機の前に座る数人の戦闘員に不機嫌な顔をしたクインスがあれこれ指示を出している。
彼女たちはシルヴィー揮下の戦闘員だが、その姿は見た目には裸としか思えない姿だった。
偏光ゲル(Polarizing Gel)と呼ばれる透明なゲルで彼女たちの全身は覆われており、ゲルが光を偏光させることで
彼女たちの局部を見えなくしている。 だが、ゲルの力はそれだけではない。
闇とは無縁だった彼女たちの心を偏向させて闇の虜に変えていた。
ゲルは彼女たちの身体の上を流動し、絶えず快楽を与え続けている。
そして、戦闘時には彼女たちの陰部に浸入している偏光ゲルの制御ユニットを介して、ゲルの表面をコントロールし
硬化させて攻撃を弾くこともできれば、軟化させて衝撃を吸収することもできた。

「クィンス様、蘇生及び肉体の強化が完了致しました」
人の形に窪んだ改造台に血の気が失せた青白い身体をしたあやめが寝かされている。
「は~い 『Noir』と『Rouge』はどうなってますぅ~」
「ハッ 準備は整っています」
『Noir』Polarizing Gel ver.Noir と『Rouge』Polarizing Gel ver.Rouge
偏光ゲルの強化実験でテスト装着された女性が溶解され、その結果、透明だったゲルが漆黒と深紅に染まった強化型偏光ゲル。
失敗が続き、実用は困難と判断された強化型偏光ゲルの開発は中止されていたのだが…

「シルヴィーさまぁ、こいつ…いや、あやめはどっちの色がいいですかぁ~」
珍しく改造に立ち会っているシルヴィーに微笑みながら尋ねるクィンス。
「本当に大丈夫なのか これの開発中止を判断したのはクィンス、お前のはずだが」
クィンスの考えを見透かしたようにシルヴィーが冷たく見やる。
「そ、そ、そうなんでけどぉ、わかっちゃったんですぅ。あれは素体が不良品だったんですよぉ~
 こいつ…いや、あやめの精神力なら問題ないですぅ~」
「精神力……  ならば、色はクィンスに任せる」
「は~い それじゃあ、こいつは腹黒いから『Noir』の注入始めちゃってくだっさぁ~い」
クィンスの命令であやめが寝かされている窪みに黒い偏光ゲルが注ぎ込まれる。
(愛しいシルヴィー様をお前なんかに渡すものですかぁ、これでお前も綺麗に溶……け…………あれれれれぇ)
クィンスの期待を裏切り、窪みに満たされた黒いゲルが徐々に人の形を形成し、程なくして窪みには一体の黒い人が横たわっていた。
(と、と、と、溶けてない……成功してしまったようですぅ…)
クィンスが愕然とした表情で『Noir』に包み込まれたあやめを見ていると
「クィンス様 『Noir』と素体の融合、完了致しました」
「そ、そ、そんなこと、言われなくて見れば解りますぅ!!」
報告してきた戦闘員をクィンスは恐ろしい形相で睨みつけた。


膨れっ面のクィンスがシルヴィーを睨んでいる。
「不服か?」
更に膨れっ面になりシルヴィーを睨むクィンス。
「だってぇ~ シルヴィー様には、わたしが就いてるじゃないですかぁ~
 それにこの女、シルヴィー様が仰るほどの素体には見えませんでしたよぉ」
「もし役に立たないようならば、そのときは副官であるクィンス、お前の好きにすればいい」
シルヴィーとクィンスが話をしていると、処置台の上でケーブルや装置に繋がれたあやめがゆっくりと目を開いた。
真っ黒だった体は顔の一部と右腕全て、胸と局部だけが漆黒に染まり、それ以外は黒の半透明で青白い肌の上で鈍く虹色に輝いていた。
そして、彼女の左腕に施されたタトゥー。 それはあやめが『S.S.B』の一員となった証だった。
「わたし…生きてる……シルヴィーさんに戦いを挑んで…わたしは…」
「そうだ『榊山あやめ』は私が殺した」
「シ、シルヴィー…さん… でも、わたしは」
「お前は生まれ変わったのだ、我が剣『ノワール』としてな」
「…生まれ…変った……わたしが…シルヴィーさんの剣…『ノワール』…でも…わたしは…エッ…」
あやめの体を覆っている『Noir』の局部から頭に向かって虹色に輝く黒い波が走り、波が頭に到達するたびに体はピクリと震えた。
「どうした、私の部下では不満なのか それとも『S.S.B』の一員であることが不満なのか」
「い…いえ、身に余る光栄です。 わたしなどが『S.S.B』に…夢のようです」
「これからは『S.S.B』の為に働いてもらうぞ」
「はい、喜んで シルヴィーさ…   シルヴィー様」
ベッドに横になったままシルヴィーを見上げて嬉しそうに微笑むあやめ。
どこか冷たい感じがする、これまでとは異なる微笑み。
その微笑みこそが、あやめの意識に送り込まれた【『S.S.B』に選ばれること、それは力を認められた者の証】という情報で
『力』を望むあやめの心が、シルヴィーに対する強い憧れが、ゆるぎない忠誠心に変わり始めた表れだった。
「偏光ゲルの調整に少し時間がかかる。もうしばらく休んでいろ」
「はい シルヴィー様」
そう答えるとあやめはゆっくりと瞼を閉じる。
「クィンス、後は任せる」
「うっ…うぅぅ…… ふぁ~い」(この女…どうして溶けちゃわなかったのよぉ~)
膨れっ面であやめを睨みながらクィンスは返事を返した。



「シルヴィーさまぁ この二人『X-fix』の隊員にしてはレベル低いですよぉ
 改造するだけムダムダだと思いますぅ。ぱぱっと洗脳しちゃって送り返しちゃいますね」
「任せる」
あやめの偏光ゲルの調整を終わらせたクィンスは一緒にさらってきた2人の『X-fix』隊員の
能力分析を行い、冷静に判断を下すとシルヴィーに彼女たちの処遇を進言した。
隊員の1人は怯えた表情で震え、もう1人は健気にもシルヴィーを睨めつけている。
「榊山さん、榊山さんは無事ですか」
シルヴィーを睨みつけていた隊員があやめの安否を気遣う。
「どっちが護衛だったのか、榊山あやめはお前たちを助けようと私に挑んできた」
「榊山さんが…私たちの為に…… ごめんなさい…榊山さん…」
シルヴィーに戦いを挑んで生きているはずがない、そう思い込んだ隊員は涙を流し俯く。
「謝らないで 『X-fix』の隊員さん」
「…へっ?」
タイミングよく部屋に入ってきた人影がヒタヒタと『X-fix』隊員に歩み寄る。
「わたしはあなたたちに感謝していますよ」
「か、感謝して… えっ? あ、あなた…榊山…さん」
目の前に立っている戦闘員とよく似た姿の人影、その顔を見た隊員の顔が引き攣る。
「そう、確かにわたしは『榊山あやめ』だった」
「どうして…榊山さん…私たちを助けるために…シルヴィーと…」
「あなた、わたしが死んだと思ったでしょう」
「そ、そんなこと…  それより榊山さん、その体…まさか…」
「綺麗な身体でしょう。シルヴィー様に頂いたのよ」
「シルヴィーと戦った榊山さんが……どうして『S.S.B』なんかに…」
「『『S.S.B』なんかに』って…」
隊員の言葉に反応したあやめの眼に冷たい残忍な輝きが宿る。
「あなたたちを助ける為に、わたしは命を懸けてシルヴィー様に戦いを挑んだわ。
 それが当然のことと思っていたから… でも、いま思えば愚かなことよね」
「ごめんなさい… わたしたちが」
「どうして謝るの? わたしはあなたたちに感謝しているのよ」
「どうして…」
「わたしの間違った考え方をあなたたちが正してくれた。頼りないあなたたちが捕まってくれなかったら
 わたしはずっと『S.S.B』を拒み続けていたと思うの。だから本当に感謝しているのよ」
そう語るあやめの顔から笑顔は消えていた。
「さ、榊山さん…『S.S.B』に洗…えっ?」
言葉が終わる前に『X-fix』隊員の胸に黒い影が伸びた。
「今のわたしは『榊山あやめ』じゃない。シルヴィー様の黒き剣『ノワール』よ」
隊員は自分の胸に伸びた黒い影を呆然と見つめる。
「えっ…ど…どうして…」
「こんな事しか出来ないけど…お礼よ。 あっ、伝わってくる…あなたの鼓動…トクン、トクンって」
冷たい蛇のような眼で隊員を見つめて微笑むあやめ。
「…わたし…わたし…死ぬ…の…」
「どうかしらね でも、あまり役に立ちそうにないから、それでもいいと思うけど」
あやめは突き刺した黒い手をゆっくりと隊員の身体から引き抜く。
「や…やめて…榊山さん わたしたちはあなたの敵じゃない…あなたを守ることが私たちの…」
「敵じゃない? 弱いあなたたちがわたしを守る?  ク…ククク…アハハハ」
あやめの足元に崩れ落ちた隊員の息はこと切れ、床に出来た赤い溜まりに伏せている。
指先から赤い雫の滴る右腕を、あやめはもう1人の女性隊員の胸元に向けた。
「わたしはシルヴィー様の剣ノワール。『X-fix』は倒すべき敵なのよ」
あやめの右腕は黒い刃となり、隊員の胸を難なく貫いた。

2人の女性隊員を殺め、悦に浸っているあやめにクィンスが吼える。
「ノォワァールゥゥゥゥ!! あんた何してくれちゃてるのよぉ!!」
「ゲルの反応はいいようだな ノワール」
あやめの行動を咎めようとしたクィンスをシルヴィーの言葉が制止した。
「エッ、エェッ!! シ、シ、シルヴィー様、コイツはいま!」
「はい、シルヴィー様 私の思い通りに動く素晴らしい身体です」
片膝をついて服従の姿勢を見せるあやめにシルヴィーは小さく頷き微笑んだ。
「これからの働き期待している」
「ナッ! ど、ど、ど、どうし…… ハァ~
 そこのあなた達、この2人を処置室に運んで蘇生の準備してなさいよぉ!! まったく、こんなにしちゃって!!」
あやめのとった行動をシルヴィーが認めて咎めないのであれば、自分が何を言っても無駄と判断しクィンスは
壊れた人形のように床に重なり合っている『X-fix』隊員を運ぶように戦闘員たちに指示した。


Rouge et noir - 3 -



「と言う訳ですので『S.S.B』からお二人をお守りするためにもですね… 何より、お二人に
 対S.S.Bチームに加わって頂けると戦力も大幅に増強され、より多くの人を『S.S.B』から守ることができます」
夕方、栗栖たちと別れて下宿先の道場に戻ると、直ぐに『X-fix』のスカウトと名乗る男が現れた。
「だから、先程から申し上げていますように、エックスとかエスとかに入るつもりはありませんからお帰り下さい」
「ですが、あなたたちにその気が無くとも『S.S.B』に狙われると誘拐されて無理やり…うっ、あっ」
スカウトの男は言いかけた言葉を必死で飲み込み
「危ない、危ない、勢いで話てしまうところでした」
「気になるじゃないですか!! 誘拐されて無理やり何ですか、そこまで話したらいいじゃないですか。
 解るように、その『S.S.B』と言う組織とあなたたちの組織のことを詳しく説明して下さい」
「詳しくご説明するのは構いませんが、そうなるとメンバーに加わって頂くことになりますよ」
嬉しそうにあやめの顔を見るスカウトの男。
「はぁぁ もういいです。今日あったことは誰にも話しません。どちらの組織にも加担しません。
 それでいいでしょう、ですからお引取り下さい」
「いや、それでは困るんですけど…  わかりました、今日のところは護衛を残して引き上げます」
(なかなか手強いお嬢さんだ、ここはもう一人のお嬢さんから攻め落とすとしますか。
 報告通りの素材であれば『S.S.B』に渡すわけには行きませんからね。今日は監視を付けて撤収しましょう。
 どのような手段を使ってもこの人たちには『X-fix』のメンバーになって頂かないと私の評価も…)
眼鏡の奥で輝く怪しい目にあやめは気付いていなかった。
「ちょ、ちょっと待って!! 護衛を残してって、見るからに怪しいあの黒スーツの人たちですか?」
あやめの指差す方向に黒いスーツにサングラスの男が数名、住居の周りをうろついている。
「はい、そうですが何か?」
「何かって… ここには剣道の練習をしに子供が大勢来るんですよ。見るからに怪しいあの人たちは困ります。
 それに栗栖さんたちより強いとは思えないですけど…  栗栖さんたちのケガ、大丈夫ですか?」
「え、ええ、連戦続きでしたので心身共に疲弊していたのでしょうね。彼女たちはベストな状態で挑めなかったようです。
 特に瀬川隊員はメンタル面に…… あ、いや、すみません気にしないで下さい。ハハハハハ」
「ご心配なく、それぐらいで心は揺らぎませんから」
「はぁぁ そうですか。 参りましたねぇ」
汗を拭いながら男はいかにも困っていますという顔をしてチラチラとあやめを見ている。
「とにかく、あの護衛… わたしたちを監視するのでしたら、もっとまともな人をお願いします」
「か、か、監視だなんてとんでもない。それにまともなと言われましても… でしたら女性の隊員を護衛につけさせて頂きます。
 が、深夜は狙われる可能性が高くなりますので男性隊員とペアを組ませると言う事で宜しいでしょうか?」
「ご自由に」
「それでは大至急、別の護衛を手配します。  今日のところは私もこれで失礼しますが
 また明日、お邪魔致しますので、もう一度ゆっくり考え直して下さい」
いやらしい笑みを残してスカウトの男は車に乗り込み帰って行った。
(胡散臭い人… あの三人はホントにいまの人と同じ組織にいるのかしら…)



朝靄の中、道場近くにある神社に長い黒髪を後ろで束ね、白の胴衣を身に着けたあやめの姿があった。
大木に向かい真琴の祖父から借りた摸擬刀を構えて立っている。
(もう一度、シルヴィーさんと…)
剣を交えたシルヴィーのことが忘れられないあやめは彼女の幻と向かい合い微動だにしなかった。

 ガサッ ガサガサ  ウッ! ウゲ!

靄の中から聞こえた物音と女性の呻き声。
「誰!!」
音と声がしたほうを向いて摸擬刀を構えると靄に四つの影が映し出され、聞き覚えのある声があやめの耳に届く。
「榊山あやめ お前と話がしたくてな」
声の主が顔の見える距離まで近づいてくるとあやめは摸擬刀を鞘に収めた。
「シルヴィーさん」
もう一度会いたいと願っていた人物に再び会えた喜びにあやめは笑顔で駆け寄っていた。
「わたしもシルヴィーさんに……!?  その人たちは『X-fix』の…」
シルヴィーの背後にいる二人が自分の護衛にあたっていた『X-fix』の女性隊員を肩に担いでいることに気がついた
あやめの顔から笑顔は消え、スカウトの男の言葉が脳裏を過ぎる。
(ホントに『S.S.B』という組織は女性を誘拐しているの?)
「殺してはいない。騒がれては面倒なので眠らせただけだ」
シルヴィーが答えていると隣の人影が後ろの二人に指示したらしく、シルヴィーとその人影を残して朝靄の中に2つの影が消えた。
「ま、待って下さい、シルヴィーさん あの人たちをどうするおつもりですか」
「お前が気にすることはない。 それとも、もう『X-fix』の犬になったのか?」
「いえ、丁重にお断りしています。訳のわからない組織に入るつもりはありませんから」
「それは私が誘っても無駄と言う事か」
「はい。この光景を目撃してしまっては尚更です。シルヴィーさん『X-fix』の方から『S.S.B』と言う組織は
 女性を誘拐しているとお聞きしましたが本当だったのですね」
「だとしたらなんだ? どちらにも加担しないと言うお前には関係のないことだろう」
「いいえ、あのお二人はわたしの護衛って事になっているので黙って見過ごす訳にも行きません」
「フッ…なるほど。 ではこちらも目撃者のお前を見逃すことは出来ないな。 クィンス」
「は~いシルヴィー様 よいしょ、よいしょっと…  おもぉ~い」
自分の背丈よりも長い棒を手に立っていた人影がそれを引きずるように運んでくる。
「あやめ 私と真剣で勝負しろ。お前が勝てばあの二人を開放する。 だが、私が勝てばお前の全てを頂く」
シルヴィーの言葉にあやめはニコリと微笑み
「是非お願いします。わたしもシルヴィーさんともう一度戦いたいと思っていましたから」
あやめは躊躇うことなくシルヴィーの出した条件を承諾した。
「ちょっとぉ~ だったらボォーっとしてないで取りに来なさいよぉ~」
シルヴィーと見つめ合っているあやめをクィンスが口を尖らせ呼びつけると
あやめはムッとした表情でクィンスに近づき、奪い取るように彼女が持っていた棒を受け取った。
「なによぉ~ それが上官に… ハァ~もういいですぅ
 あなたがシルヴィー様の部下に相応しい素体か見せてもらいますぅ
 ぶっちゃけありえないと思いますけどぉ~ シルヴィー様にケガだけはさせないで下さいねぇ~」
クィンスは品定めするかのようにあやめの周りをぐるりと周ると、それ以上は何も言わずに
シルヴィーの隣に戻り、睨むようにあやめを観察し始めた。
「あなた何ですか!! 上官だの部下だのと訳のわからない…こ…と…?」
あやめはクィンスのことよりも受け取った得物に気がいった。
「これって…真剣のなぎなた」
受け取った得物の重量感と摸擬刀にはなかった刃の美しい輝き。
「言ったはずだ、真剣での勝負だと」
目を丸くしてシルヴィーを見やったあやめは苦笑して
「クスッ 無茶苦茶ですね。ホントに真剣を用意していたなんて」
受け取った得物を両手に持ち、頭上で回転させてからシルヴィーに向い構えてみせる。
「私には少し軽い気がしますが、仕方ないですね」
歓喜に満ちた顔のあやめに
「嬉しそうだな。自分の命を賭けた勝負だというのに」
「そうですね。自分でもおかしいと思います。負ければ命を失うことになるのに怖いと感じない」
「面白い奴だ」
向かい合った二人がゆっくりと距離をとると剣を構えた。



「どうしたこの程度か?」
勝負は一方的なものだった。
懐に飛び込んでくるシルヴィーの華麗な剣舞に隙はなく、あやめは反撃どころかまともに防ぐこともできず
白い胴衣に血が滲み、出血と絶え間ない攻撃に疲労の色が濃くなっていた。
「はァ…はァ……ふぅ……ふぅぅ……冗談は止めてください、シルヴィーさん」
呼吸を整え次の攻撃に備えようとするあやめ。
(まったく手が出せない… 力の差があることはわかっていたけど……悔しい…)
「お前の実力、見せてもらった。辛うじて合格と言ったところだが、やはり二人揃えなければ意味がないか」
ゆっくりと剣を構えて最後の一撃に集中力を高めるシルヴィー。
「二人? 真琴とってことですか。  馬鹿にしないで下さい!! わたしだけでも」
「フッ…ならば証明して見せてみろ」
(!! 凄い…シルヴィーさんの気迫がビリビリ伝わってくる。 でも、このまま終わるのはイヤ
 せめて一太刀…… シルヴィーさんは必ず初撃で突いてくる…それに合わせれば)
防御しながらシルヴィーの踏み込んでくるタイミングを計っていたあやめは次の一撃に全てを賭けるつもりだった。
がしかし、流れるように踏み出したシルヴィーの速さはそれまでの攻撃を遥かに上回っていた。
(は、速い…)
あやめがそう感じたとき、シルヴィーの剣はあやめの胸を貫いていた。
「…コフッ……やっぱり…ダメ…でした……くやしい……わたしも…シルヴィーさん…ように……強く…なり……」
微笑みながら涙を流したあやめの首がこくりと折れた。
「いいだろ。榊山あやめ、お前の願い叶えてやろう」



Rouge et noir - 2 -



「ちょっと待ったァァ!!」
重なり合うように倒れている三人に近づくシルヴィーの前に
あやめと真琴が立ちはだかり、あやめは上段に真琴は中段に鉄パイプを構えた。
「ホォ… そんな物で私の邪魔をする。  お前達も『X-fix』か、ならば抹殺するだけだ」
「えっくすふぃくす?  何それ?   僕は春日真琴! こっちは榊山あやめ先輩
 あなたはかなりの使い手とお見受け致しました。よろしければお名前をお聞かせ願いたい」
「真琴 冗談言ってる場合じゃない。 この人、かなり強いよ」
シルヴィーの殺気に反応したあやめは素早く相手の動きに反応できる
最も攻撃的な構え八相に構え直していた。
あやめが構えを変えたことで目の前の相手が想像以上の実力を
持っていることを理解した真琴の顔からも笑顔が消える。
「面白いヤツらだ、いいだろう相手をしてやる。 こい」
「先輩、僕から行くね    セヤァー!!」
先陣を切りシルヴィーの喉元目掛けて突きをはなつ真琴。
その突きをシルヴィーが剣で受け流すと真琴をフォローするように
シルヴィーの間合いの外からあやめの突きが襲う。

絶えずあやめか真琴のどちらかがシルヴィーに攻撃を仕掛け
シルヴィーが防戦一方のように見えたが彼女はそれを楽しんでいるようだった。
(いいコンビネーションだ…)
互いの動きを把握してシルヴィーを攻撃するあやめと真琴の連携攻撃に『X-fix』の三人も見惚れていた。
「へ~、栗栖ちゃん、或徒ちゃん あの二人やるやん」
「何、関心してるんだよ!! あいつら民間人だぞ、『X-fix』のあたしたちが民間人に」
「或徒ちゃん、民間人て言い方やめようよ。 愛流ちゃんもボッとしない
 態勢を立て直して、シルヴィーを攻撃しないとあの人たちが危ないよ。
 もう一度、フォーメーションβでいいよね。 或徒ちゃん、ケガ大丈夫だよね」
リーダー栗栖が或徒と愛流に現状を把握させると反撃の態勢を整える。

「ハァ、ハァ、ハァ、あやめ先輩、ハァ、ハァ、この人、ハァ、強い、ハァ」
「ふぅ…ふぅ…ふぅ……真琴、大丈夫?  まだ、行けそう?」
「ハァ、ハァ、いやァ、ちょっと、ハァ、ハァ、キツイです、ハァ、お腹すいたァ」
「ふぅ…しかし、ここまで見事にかわされると腹が立つわね。  ふぅ…ふぅ……ふぅぅぅ
 よし!!  真琴はしばらく休んでて   ハアァァァ」
あやめが自分の持つ得物のリーチを活かし単独でシルヴィーへの攻撃を再開する。
(あれだけの攻めを繰り返して、まだ単独で攻撃してくるのか… 面白い)
あやめの攻撃を冷静に分析しながら、かわし続けるシルヴィーに『X-fix』の三人も加わろうとした。
「シルヴィー!! 次はあたしたちが相手だ!!  民間人はここから避難しろ!!」
「或徒ちゃん!  すみません、助けて頂いたのに失礼なこと言って
 私たちが時間を稼ぎます。ですから、その間にお二人はここから逃げて下さい」
「いま逃げろって言った?  ホント無礼なヤツ!!」
栗栖の言葉に敏感に反応した真琴が切っ先を三人に向けて構えた。
「真琴、やめなさい。 ケガは大丈夫なのですか? どういう経緯の戦いかは存じ上げませんが、
 ようするにわたしたちが居ては邪魔になる。 と言うことですね」
あやめは上段に構えたままシルヴィーから目を離さず呼吸を整えている。
「そう言うことだ。 さっさとどこかに行ってくれ!」
「或徒ちゃん!! ホントにすみません。
 お二人の連携がホントに凄かったので或徒ちゃん、嫉妬しているんです」
「五月蝿い!!  愛流がもっと上手くやれば、わたしたちだって」
「ウチとちゃう!! 或徒ちゃんや!」
(『X-fix』とは無関係の人間のようだな……榊山あやめ 春日真琴)
しばらく五人の口論を傍観していたシルヴィーが剣をおさめ踵をかえした。
「逃げるのですか?  まだ、勝負がついていませんが」
その言葉を聞いた真琴と『X-fix』の三人が一斉にシルヴィーを見やる。
「邪魔な連中が居てはな…」
「おい!! 邪魔って誰のことだ!!」
解ってはいたがシルヴィーの言葉に或徒は声を荒げた。
「キミたちに決まってるじゃん」
その場の空気から相手に戦意は無く、既に戦いが終わっていることを感じ取った
真琴が小声で囁くと或徒は真琴を睨み唇を噛みしめていた。
「『見逃してやる』と言うことですか。 でも、このお三人ならあなたには負けないと思います」
あやめも構えを解きシルヴィーに言葉を返すと
「榊山あやめ、一つ聞きたい。 なぜ、お前達は私を恐れず挑んできた」
その問いかけに真琴が真剣な表情で答えた。
「それは、僕の中にある武士の」
「真琴  黙ってなさい」
「はい…」
「すみません。 シルヴィーさん…でしたね
 私も真琴も怖いと思う前にあなたと剣を交えて見たいという衝動に駆られた。 それだけです」
「なるほど ならば、次に交えるときは、もう少しまともな得物で戦いたいものだな」
あやめは手にしている鉄パイプにちらりと目をやると
「そうですね、これではあなたに失礼ですね」
嬉しそうな表情で語り合うシルヴィーとあやめ。
だが直ぐにシルヴィーは厳しい視線を『X-fix』の三人に向けた。
「『X-fix』、次はもう少し楽しませて欲しいものだな」
そう言い残すとシルヴィーの姿は夕闇に溶けるように消えていった。

「私たちの完敗ですね。 あやめさん、真琴さん、今日は助けて頂いてありがとうございました。
 あっ、すみません。わたしはこのチームのリーダーで赤城栗栖と申します。こっちが瀬川或徒で
 こっちが水無瀬愛流です。わたしから詳しいことをお話する訳にはいかないのですが、これだけは
 今日のことでお二人も『S.S.B』に狙われることになると思います。詳しいことはのちほど別の者
 がお伺いすると思いますので、私たちはこれで失礼します。或徒ちゃん、愛流ちゃん、撤収だよ」
「ふざけるな!! あんたたちが割り込まなければ… あいつだけはわたしの手で…
 この手で倒さなければだめなんだ……   わたしは親友のカタキを討つことも…」
シルヴィーに命を奪われた親友の顔が或徒の脳裏に浮かび涙が頬をつたう。
「シルヴィーさんとあなたがたにどのような因縁があるのかは存じ上げませんが、ただ
 今の皆さんではシルヴィーさんに勝つことはできないのでは…」
あやめの言葉は『X-fix』の三人にとって敗北よりも辛い一言だった。


Rouge et noir - 1 -



「あやめ先輩、今日こそ一本獲ってみせますからね」
「真琴、まだヤル気なの 部活で散々練習したとこじゃない」
「まだまだです。 これからウチに少年剣士がわんさと押し寄せて来るし
 先輩、今日も手伝って下さいね。勝負はその後でいいですから」
「だから、なぎなたの私がどうして剣道を教えなきゃいけないのよ」
「何言ってるんですか、あやめ先輩 剣道出身じゃないですか。 しかも、僕より段位上だし
 先輩は僕の目標だったんですよ。なのに大学入ったら、なぎなたに転向しちゃうんだもん。
 ずるいですよ、勝ち逃げなんて卑怯です。絶対に許しませんから」
「はいはい、申し訳ございませんでした。喜んであなたとの勝負お受け致します」
某女子大のなぎなた部に籍をおく榊山あやめと同大学付属高校剣道部に籍をおく春日真琴。
二人は幼馴染で歳はあやめの方が三つ上、真琴はあやめを姉のように慕っており
あやめも真琴を妹のように可愛がっていた。

あやめの大学進学が決まると真琴はあやめが行くことになった
大学の付属高校をあやめには内緒で受験し見事合格していた。
そして、あやめは真琴の粋な計らいで真琴が下宿する
彼女の祖父が開く剣道場に真琴と一緒に下宿するハメになってしまった。

「どうして真琴は私に勝ちたいの?」
「どうして勝ちたいの? ですと、言ってくれますね あやめ先輩
 無敗の余裕ですか。 わたしが先輩に勝負を挑むのは…」
「挑むのは?」
「自分より強い者に勝負を挑み、それを乗り越えて行く。 それが私の武士道だからです!」
「………はいはい」

二人が訳のわからない会話をしながら工事現場を覆っている壁の横を通り過ぎようとしたとき
黒い影が壁を突き破り、彼女たちの前で瓦礫の下敷きになった。
「イッテー……愛流、ちゃんとフォローしなよ!!」
鉄パイプや鉄板の下から黒に緑をあしらったスーツを身に着けた少女が
腕を押さえながら立ち上がり、仲間と思われる人物を叱咤すると
壁の向こうから関西弁で答える声がかえってきた。
「ちょっと待ち言うたのに或徒ちゃんが行くからや!」
「るっさい!! 愛流がとろいから…」
視界の端に映った人影に或徒の言葉が止まり、視線だけをゆっくりとその人影に移した。
「あの、大丈夫ですか? ケガしたんじゃないですか?」
「な、なになに、喧嘩? え? 変な格好…え? 撮影か何かやってるの?」
≪おい、栗栖、民間人がいる。二人だ≫
或徒はサイコキネシス能力を使い、栗栖と愛流に二人の存在を伝える。
≪今はシルヴィーを抑えるほうが優先よ。 そっちはバックアップに任せましょう≫
≪ああ。 もう一度、フィックスフォーメーションβだ!! 愛流しっかりやれよ≫
≪悪いのはウチとちゃう、或徒ちゃんや!!≫
自分たちの方を横目で睨んだかと思うと穴の開いた壁の中に飛び込んで行く少女に
真琴が口を尖らせてあやめに訴える。
「感じワルぅ~ シカトだよ、シカト!」
「真琴、怒らないの。 やっぱり映画かテレビの撮影かな?」
あやめが穴の開いた壁に近づきそっと中を覗き込むと、悲鳴と共に建設途中の建物から土煙が上がった。
「真琴 少しヘンだよ。 カメラとか全然ないし、それに…… さっきのコより変な格好した人がいる」
「えっ、なになに、どこどこ、   ウソ、何あれ……カッコいい…」
二人が見やる視線の先には露出度の高いシルバーのアーマーで身を固め
両刃の剣を手にした女性が髪をなびかせ、土煙に向かって歩いて行く姿があった。
「って、あやめ先輩、あれ…何ですか? すっごくヤバイ空気を感じますけど」
「そうね、さっきのコ、腕をケガしたみたいだったし、助けに行ったほうがいいかも」
「ううん… 先輩、僕、震えてる…」
「怖いの? だったらココに居ていいよ」
「違います!! あの銀色の人、とっても強そうじゃないですか。 僕の中で武士としての魂が…」
「冗談言ってる場合じゃないわよ」
あやめが壁に立てかけてあった鉄パイプの中から自分に合った長さのモノを手に取り走りだすと
真琴も同じように適当な長さの鉄パイプを取りあやめの後を追った。


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